武士
1: ◆qQDmM1OH5Q46 2016/01/29(金)16:55:24 ID:8kS
中国メディアの騰訊新聞は26日、「なぜ、日本には武士が存在し、中国には存在しなかったのか」と題する記事を掲載した。中国では「武士」や「武士道」が「軍国主義の原因」と否定的に紹介され場合が多いが、同記事は日本と中国の国情と歴史的発展の違いを客観的に説明した。記事はまず、過去の「農耕時代」には生産性が低かったたために土地争いが深刻であり、兵力の多い者が大きな権力を握ることになったと紹介。土地を確保するために「武士階級」が出現したのは、日本だけでなく古い時代の中国も同じと論じた。

違いとしては、中国では武士階級が早い時期に消失したのに比べ日本では「源平の戦い」以降700年も武士による「軍政」が継続したと指摘。1885年に内閣制度が発足してから1945年の終戦までに29人が首相となったが、うち25人までが武士階級の出身だったことにも触れた。記事は、中国で武士階級が消滅した原因として、中国が大陸国家であり、「内陸部から来る勢力との衝突」がしばしば発生し、「大統一により力量を集中させる」方向に歴史が動いたのに対して、日本は小さな島国で、さらに耕作可能な土地が沿岸の小さな平野や山に囲まれた盆地しかなかったので、大きく広がるよりも、地方ごとに別れる「割拠主義」が強くなったと論じた。

中国にも漢代末期、唐朝末期や宋代には地方で軍事勢力が割拠する場面もあったが地方が割拠するままで歴史が推移していくのではなく、中央政権が地方割拠の問題を解決できなければ「地方出身の勢力」によって王朝が交代することになったと指摘した。日本では、大化の改新で租庸調や班田収授の中央集権制度を設けたが、地方からは不満が出たと紹介。結局は、荘園が中央政府に従わなくなり、天皇の政治的影響力は衰微したと論じた。そして、地方の武士勢力が日本史の主役になったと説明した。

記事は、「中央政権が全国を一律に統治する」時代を「帝国時代」と表現。日本が「帝国時代」を迎えたのは明治時代であり、極めて遅かったと指摘。一方、中国は極めて早く「帝国時代」を迎えたが社会は安定せず、再び分裂時代に戻ることもあったと説明し「帝国時代」の経験について日中は「両極端」だったと主張した。


ニュース元
http://m.news.searchina.net/id/1601128
最近の記事


3: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:02:15 ID:FG4
三國志時代には優れた武将がいたではないか

5: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:10:23 ID:Z5V
支那はとにかく文弱デスクワークがもてはやされて
体を使う仕事全般が野蛮と貶められてたらしいな

7: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:11:50 ID:OE8
武士、武人が守るべき貴人が居なかったからだろう?
日本の武家政権は建前としては全部「天皇を守る武士が
天皇の代理で政権運営をしている」んだから、守るべき貴人が
居なければ成り立たんよ

10: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:20:48 ID:zJ0
>>7
まあこれだよな。

そういった建て前があったからこそ統治に関しても
割と穏やかな統治だった。

恐怖政治とかは逆に一揆の元になったしな。
古来より日本の平和は陛下の御威光に守って貰っている感じだな。

14: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:27:46 ID:NaY
>>10
日本の場合、武士のトップを任命する「天皇」
って存在が保たれてたからねぇ

中国みたいに頂点がバンバン替わっていったら
仕える対象が固定されないから、文化が生まれない

9: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:20:43 ID:bDZ
ふーん、鎌倉、室町、江戸時代は帝国ではないわけか
将軍家が弱れば^^、機会があれば^^みたいな、なんとか連邦とか

12: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:23:41 ID:nHl
>>9
帝国ではないよ。
征夷大将軍を、帝に任命されるんだけど。
今、一体どんな歴史教育をしてるんだ?
日本人じゃないなら、納得。

21: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:37:25 ID:OE8
>>12
藩という国を、藩主、もしくは大名と言う名の世襲の王が支配し、
さらにそれらの国を束ねる将軍と言う名の皇帝が居るという構図は、
帝国だよ……

天皇が任命した云々は、全く、関係ない。

24: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:39:09 ID:phw
>>21
将軍の任命権を持つのが天皇である訳だから
将軍=皇帝は成立しない気がするが

22: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:37:53 ID:e27
制度としては日本の封建体制は、アジアのそれよりは
欧米の騎士・貴族制度に近い

実際西洋人は日本の幕藩体制を、藩主を王と認識し
将軍をその王を支配する皇帝とみなしている

そして日本には二人の皇帝が居ると記録し帝は、
宗教的な権威と見ていてローマ法王に近い元の理解していた。

29: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:49:17 ID:O2Y
>>22
同意
中国人は、文武両道の精神に憧れている?
遠回しに、宦官政治←「文」(中央集権)を下げてる気がするわ

37: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)17:58:26 ID:U25
よくわからんな。
中国にも武人はいたではないか。
関羽も張飛も文官ではないし、武士と言っていいんじゃないの。

41: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:03:27 ID:Z5V
>>37
ああいうのは武侠といって地方ヤクザみたいなもんらしい
王朝が変わる時に利用されるだけ利用されて、
その後捨てられたり新王朝に討伐されるのがパターン

44: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:05:22 ID:LBg
やっぱり中国に日本みたいな大系的な武道はなかったんだな
だーから処刑があんな身も蓋もない残虐な屠殺みたいになる
日本は一太刀で絶命させるほど上等とされるが
技術の裏打ちがなければそれも出来ない

55: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:17:58 ID:b1E
武士をどういう意味合いで使ってるかによるけど
軍事力を持ち、民衆を支配する存在って意味あいなら
中国にもずっと存在していたと思うけど

基本的に地方軍閥、ないしは域外の軍事勢力が
時の王朝の中央集権の官僚の目を盗んで力をつけてクーデターって
中国の王朝交代の基本パターンのような

今の人民解放軍だって、元は地域地域の軍閥でしょ
単なる軍事組織じゃなくて経済活動も行ってるし
今でも立派な軍閥ともいえる

それらが十分力をつけ、北京王朝を見限った時が
中華人民共和国王朝の終焉なんだろうな

58: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:21:15 ID:LBg
中国でどうして武人が力を持たなかったか
朝鮮だと戦争で最前線で命を的に戦うのは下っ端だったからとか

60: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:22:24 ID:8y2
>>58
中越戦争のときも兵士は使い捨てだったからな

61: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:26:51 ID:Z5V
>>58
権力闘争の主体が、「武人」そのものではなく
常に「武人を利用する者達」で武士自体が権力を
掌握したことが無いように見える

62: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:27:49 ID:e27
>>58
朝鮮はそうだが、中国はそうでもない
皇帝・武官・文官の象徴はそれぞれ

皇帝=五本指の龍

武官=麒麟

文官=仙鶴

なんだけど、瑞獣の格としては鶴より麒麟の方が高い
でなぜ武官が麒麟かと言うと武官は臣の長であるから
と説明されている。

70: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)18:53:34 ID:MEj
皇帝みたいな仕事(役割?)を任命された、って事?

74: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:13:09 ID:8y2
>>70
形の上では「朝廷に任命されて征夷大将軍になる」んだから同じこと。
欧州でも教皇が軍隊率いて戦争やってた時代もあったし、天皇家も同じ。

75: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:14:24 ID:e27
>>70
教会と肯定や王の関係と言うのはわれわれ日本人にはなじみが薄すぎて
理解しにくいのだけど、昔ヨーロッパで言われた


各国で利用民が罪を犯せば領主たる貴族がそれを裁き
貴族が罪を犯せば各国の王がそれを裁く、

各国の王が罪を犯せば各国の司教が王を裁き、
司教が罪を犯せば大司教がそれを裁く

大司教が罪を犯したときにはローマ法王がそれを裁くが、
ローマ法王が罪を犯したときローマ法王は神以外の
何者にも裁かれない


それが昔のヨーロッパの権威構造なんだよなだから、
王や皇帝は神によって任命される

王権神授説というのがあって神の地上代理人が誰かといえば
ローマ法王であると、そういう感じ。

76: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:19:23 ID:nHl
>>75
やっぱり天皇陛下は、ローマ法王と同じ立場だってことだね。
世界の3大権威は、ローマ法王と英王室と日本の皇室だったね
英王室は、イギリス国教会を打ち立てて、ローマ法王の支配
から抜けたから同等の権威になれたってことかな

80: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:27:06 ID:tWf
で、漢人には武道、武術の類がないんだろ

95: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:38:30 ID:tWf
そういえば中国古来の神様である悟空たちが
坊さんの三蔵法師に心酔して捨て身でお守りする話だよな

98: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:42:24 ID:e27
>>95
ちなみに沙悟浄が河童なのは日本だけ、
というかそもそも河童は日本の妖怪で中国にはいない
原作ではなんかよくわからない化け物である。

103: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)20:00:01 ID:CP6
>>98
沙悟浄は妖仙とか邪仙とか悪い仙人ってな感じ
まあ沙悟浄は川に居て悪さをするってだけで日本に
話が伝わった後に河童にされちまったけど


1を武士道の観点から見るとな
日本 忠義を重んじる文化
中国 詐欺や騙し討ちをもてはやす文化で
忠義をしょっちゅう馬鹿にしまくる文化

中国はそんな文化で上から下まで常日頃から
やらかしまくったからだろ

ちゃんとした忠義の士はろくな扱いを受けられなかったり
死後にデタラメな汚名を着せられて抹消されて
行ったりってのが基本なのが
中国でよく有り過ぎる文化なんだし

109: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)20:10:57 ID:e27
>>103
中国でも、女は己を喜ぶもののために形取り
(化粧をすること)士は己を知るもののために死す

とか言う言葉が有るし、また日本でも忠義を
重んじるという武士道は江戸時代からで

藤堂高虎なんかは「武士たるもの七度主君を
変えねば武士とは言えず」と言って

何度も仕える相手を変えたりしたし、
だまし討ちと言うならヤマトタケル命は

クマソタケルを女に化けて近づいて
だまし討ちにしている、一概にはいえんよ。

101: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)19:53:41 ID:nHl
兵馬俑は、中国の武士の姿じゃないかな
中国にも武士はいたんだよ。

105: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)20:01:31 ID:x28
中国は貴族・権力者が武士を兼任していました。
(軍事力を持っていました)
しかし日本の天皇家・貴族・公家は
軍事力を放棄しました。

蘇我家、藤原家は天皇家を滅ぼして自分の家が
天皇家になりませんでしたね。

203: 名無しさん@おーぷん 2016/01/30(土)12:13:57 ID:NMX
日本の場合既に数百年も続いているし
武士の棟梁源氏平氏は天皇の子孫

>>105
蘇我氏や藤原氏が天皇家を滅ぼして自ら天皇に
即位したところで得られるモノが無いからな
武家政権でも同じ

武家政権といいつつ公家の権力は侮れないものがあったような
足利将軍家の正室は公家の日野家だし、織田信長や豊臣秀吉の
ブレーンの中にも公家が居る

110: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)20:11:15 ID:4H3
匪賊の集まりだからな
匪賊 =「集団をなして、掠奪・暴行などを行う賊徒」を指す言葉。「匪」「賊」とも否定的な価値判断を伴う文字であり、かれらと敵対する側、すなわち取り締まり側(体制側)・被害者側の視点からの他称である。日本では、特に近代中国における非正規武装集団を指す。

113: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)20:43:38 ID:8y2
>>110
それ。
日本みたいに武士階級なわけじゃない。

盗賊の集めた傭兵集団が天下を取ってしまう。
で、ボスが死んで分裂。

あとは各地域の政治力学がメチャクチャ絡んで離合集散を繰り返す。
これだけで数千年間。

いま70年ぐらいだから長持ちしてる方じゃないか?

115: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)21:15:18 ID:FBg
武士の「士」って本来は官僚的な意味だからな・・・

116: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)21:19:43 ID:y9C
呼び名だけの問題じゃねーの?
三国志とか読んでると、そんなに変わらんと
思うのだがなぁ

117: 名無しさん@おーぷん 2016/01/29(金)21:23:28 ID:Gog
匪賊ならたくさんいた
現在漢民族を名乗ってる中共の連中の先祖がそれ

120: 【超大凶】 【1297円】 2016/01/29(金)23:03:58 ID:n9P
中国は文と武が極端に分かれ過ぎた。
そして徹底した文民統制。
しかも腐りきってた。

民衆の監視が無い状況では、文民政治は政治家の
腐敗しかもたらさない。

一方日本の侍は、当初こそ単なる傭兵集団だったが、
幕府を開き、政権を担うに当たって、文武両道にならざるを得なかった。

問題は、中共は腐った文民政治その物だって事だ。
腐った文民政治は、最早中国の伝統になってしまっている。

128: 名無しさん@おーぷん 2016/01/30(土)02:00:26 ID:Piq
中国は職業軍人みたいな家はあったけど、王朝交代で滅んだり、
社会が安定すると基本的に文を重んじるから官僚にシフトしちゃうしな

それに階級的に文官が軍務も兼ねちゃうというか、
結局は政治家の中の一種でしかないし、私兵として傭兵を
雇う貴族も傭兵に官位はあげないしな

皇帝の近衛兵も貴族の子弟だろうし、純粋な
軍人がいないというか必要なかったんじゃね

180: 名無しさん@おーぷん 2016/01/30(土)10:47:09 ID:QXg
鎌倉幕府は貴族支配に対する武士のクーデターだったが
日本が変わってるのは棲みわけと共存が出来たことだろう
あの武士社会への転換がなければ
元寇の被害がもっと大きかったとか

181: 名無しさん@おーぷん 2016/01/30(土)10:55:27 ID:zHs
日本も豪族など武力集団だったものが変化して
武士道と呼ばれるものが普及的なものになったのは
だいぶ後の時代だからな

戦国時代を経て日本は武力階級に忠義と誠実さを大事にする
文化が深く醸成されて行ったのに対して

中国は騙される方が悪いって力が有れば何をやっても良いし
外道こそが正義みたいなろくでもない文化が常に付きまとってた

モラルの育成の度合いとそれによる社会の安定性の違いよね


転載元: http://uni.open2ch.net//test/read.cgi/newsplus/1454054124/