冒険

荒野 (2)
1: 黒髪隠者 2017/04/01(土) 20:16:48.22
アリゾナ州の道路を車で走行していたアンバー・バンヘックさんはガソリン切れで立ち往生します。車がガス欠した場所は民家が1件もない原野で車の往来もほとんどありません。そこでアンバー・バンヘックさんは携帯電話でアリゾナ州公衆安全局の保安官事務所に連絡します。しかし電波状態が悪かったのか居場所を特定する前に電話は切れてしまいます。

自分の居場所を伝えられなかったアンバー・バンヘックさんはガス欠を起こした車の傍に「携帯電話の電波を求めて道路を東へたどり始めました」と書いたメモ(上の写真)を置き移動しました。

しかし、この移動が仇となります。アンバー・バンヘックさんからの連絡が途切れた事を重くみた保安官事務所は救助隊を編成し居場所の特定を開始します。空からの捜索によりアンバー・バンヘックが乗っていた車は見つかったのですが本人は携帯電話の電波を求めて移動した後でした。

五日後、水と食料が尽きた状態のアンバー・バンヘックさんを救助隊が発見、保護しました。命を救われたアンバー・バンヘックさんは自身のフェイスブックに「ヘリに乗る夢がかなった」と呑気な事を書いてます。


2ちゃんねるの感想

五日間、原野をさまよい助かったアンバー・バンヘックさんに対し称賛や安堵のレスは皆無でした。車の故障で原野をさまようのなら同情の余地はあるのですが防ぐことが可能なガス欠による、さまよい歩きですから小馬鹿にされても仕方がありません。

サバイバル系のスレッドは、生き残った人を称賛し、どうすれば生き残れるかを話し合い盛り上がるのが定番なのですがガス欠で、しかも車の元にいれば救助隊が見つけてくれたのに移動したために発見が5日も遅れた話なのでスレッドは冗談やネタ系になってしまいました。

(文/隠者ニュース管理人)


2ch議論ネタ
CNN
原野で立ち往生、女性を5日ぶり保護 携帯と石とメモで救助要請
http://www.cnn.co.jp/fringe/35098665.html
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疑問
1: 黒髪隠者 2017/02/15(水) 06:45:20.23
何らかの原因でゾンビが大量発生し人を襲い始めたら何処に逃げればいいのか?。一番最初に思い付くのは自宅だと思います。水、電気、ガスが完備され数日分の食料が備蓄されているからです。しかし、自宅は窓を割れば簡単に侵入できるので籠城する場所としては不適切な場所だと思います。ゾンビの襲撃を防ぎながら生活が出来る場所が何処なのか考えるユニークなスレッドが2ちゃんねるにあったので取り上げてみました。


2ちゃんねるの反応

ゾンビに襲われて逃げ込む場所としてショッピングモールをあげる人が多かったです。水、食料、日用品などが揃っているので定番の逃げ場所だと思います。

この他にも刑務所や離島ならゾンビの襲撃から逃れられると言う人がいました。離島や刑務所は海や塀で囲まれているのでゾンビも簡単に侵入する事はないですね。ただ、自給自足が可能な離島はともかく食料や水を外部から調達する必要がある刑務所は長期間避難する場所として適さないと考えられます。

ユニークな避難場所として自衛隊の駐屯地や強固な造りの原子力発電所をあげる人もいました。結論が出ず長々と話し合われたスレッドですが読んでいて面白かったです。

(文/隠者ニュース管理人)


2ch議論ネタ
デッドライジング
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170210-00000529-san-soci
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刺身
1: フルネルソンスープレックス(東日本) 2016/09/30(金) 19:36:37.59 ID:lNgCgdxE0
家庭の食卓で魚離れが止まらない。日本人1人当たりの魚介類消費量は約15年前のピーク時から3割減った。ただ子育て世代を中心に「もっと魚を食べたい」との声も少なくない。家庭での魚料理を増やそうと、異業種からの参入組を含め、様々な人々が奔走している。

9月上旬、アークヒルズ(東京・港)で開かれた料理教室。「魚の伝道師」を名乗る上田勝彦さん(52)は、集まった十数人に旬のサンマの湯煮(ゆに)を教えていた。水に日本酒を加えて加熱。塩を当てた切り身を入れ、沸騰させずに3~5分で完成する。 「焼くより時短になる。どんな魚でもできますよ」

上田さんは元水産庁職員。魚が好きで大学に進学し、世話になった漁師に恩返ししたいと入庁した。15年3月に50歳の節目で退庁。ウエカツ水産(横浜市)を設立し、漁協や自治体などの依頼で水産物加工品の開発や漁師の育成にあたるほか、幼稚園の栄養士などへの講習を手掛けている。

一般の人々向けの教室では、まずは魚に慣れるため、最初は切り身などを使用。さばき方は半年後から教える。レシピがなくても作れる調理法もそろえ 「魚料理は面倒」という意識を払拭しようと工夫する。

日本でとれる魚介類は約500種。上田さんは「食べる種類を増やし、食事のバランスを『魚、米、野菜、ときどき肉』にすれば日本の地理的条件にも合う」と説く。


http://www.nikkei.com/article/DGKKZO07820890Q6A930C1EAC000/
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世界で一人だけ
1: 名無しさん@1周年 2016/08/14(日) 18:42:56.95 ID:GPxQTZ5C0
地球に生存している人間が自分だけになった場合どうなるか?
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サバイバル (1)


サバイバル (2)


サバイバル (3)


サバイバル (4)
1: casillas ★ 2016/06/04(土) 00:30:51.81 ID:CAP_USER9
北海道七飯(ななえ)町の山林で親に「しつけのため」と置き去りにされ、行方不明となっていた小学2年生(7)とみられる男児が2016年6月3日朝、無事保護された。

不明になったのは5月28日夕で、捜索が長期にわたることで心配する声が強まっていた。

「約1週間も山の中で1人」
見つかったのは6月3日7時50分。場所は七飯町の隣、鹿部町にある陸上自衛隊駒ヶ岳演習場内。 同日放送の「スッキリ!」(日本テレビ系)などによると、演習場には柵があって大人は入れないが、子どもならくぐれて入れてしまう。敷地は広大で小屋などもある。演習場はこれまで捜索されていない場所だったという。

捜索が長期化し、6月2日夜には合同捜査本部を解散し、3日からは規模を縮小して捜索する予定だった。 目立ったけがはなく、1人で歩けている。ドクターヘリで搬送され、9時10分頃に市立函館病院に到着した。病院は健康状態を詳しく確認する。1人で歩いて演習場にたどり着き、蛇口から水を飲んでいた、と話したとする情報もある。

警察は男児の身元の確認を急ぐとともに、行方不明になった経緯について調べを進めている。男児無事保護の一報が伝わると、民放テレビ各局は現地の生中継に切り替わり、随時最新情報を伝える態勢に入った。

ネット上でも盛り上がりを見せた。「無事見つかってよかった」と安堵する声が多い一方、小学生が約1週間も不明にもかかわらず、1人で歩いたり喋ったりすることができるほど元気な状況にあることで、「一人でいたとしたらすさまじいサバイバル能力だな」「北海道の行方不明男児のスペック、一体何者なんだ...」 「約1週間も山の中で1人で過ごし、そのうえ雨が降ったりした中、自衛隊員に見つからず自ら自衛隊施設に たどり着いた北海道の行方不明男児、冷静に考えてもヤバイ」と、不思議に思う声も多数出ている。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160603-00000000-jct-soci
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キリマンジャロへピザ配達 (1)


キリマンジャロへピザ配達 (2)


キリマンジャロへピザ配達 (3)


キリマンジャロへピザ配達 (4)


キリマンジャロへピザ配達 (5)
1: あずささん ★ 投稿日:2016/05/12(木) 17:34:05.31 ID:CAP
米宅配ピザ大手のピザハットがこのほど、タンザニアにあるアフリカ最高峰キリマンジャロ(標高5895メートル)の頂上にピザを届け、ギネス・ワールド・レコーズ公認の史上最も高いところへのピザ配達の記録となった。

配達は5月5日に始まり、頂上に届いたのは8日だった。

ピザハット幹部によれば、配達されたのはペパロニ・ピザ(チーズ増量)で、途中まで飛行機と オートバイを利用したほか、プロの登山ガイドが特別製のリュックに入れてリレーしたという。

ピザハット・アフリカのゼネラル・マネジャー、ランダル・ブラックフォー氏らによれば、この配達は世界で100カ国目となるタンザニアへの進出を祝って行われた。

中心都市ダルエスサラームの新店舗で作られたピザはキリマンジャロ国際空港まで空路で運ばれ、そこからキリマンジャロ国立公園の登山口までバイクで運ばれた。その先は、保温機能とピザを 水平に保つ機能のついた特製のリュックに入れられ、5人の登山ガイドが標高約4800メートルにあるベースキャンプまで運搬した。

ベースキャンプではブラックフォード氏らピザハット社員3人が合流。3人はベースキャンプまで5日かけてたどり着いたという。ガイドたちと社員は深夜から頂上へのアタックを開始。その様子はギネス記録申請のためにビデオ録画された。

ブラックフォード氏は、「みんなでピザを担いで頂上まで急いだ。夜を徹して登山した後のピザは例えようもないほどおいしかった」と語った。

当初はふもとからずっと人力で運ぶ予定ではなかったらしい。ブラックフォード氏によれば、「最初はヘリコプターでベースキャンプに運び、そこから先だけ運べばいいと思っていた」。だがベースキャンプ付近は空気が薄く、着陸する場所もないためヘリの利用はできなかった。次にドローンを使うという手を思いついたものの、標高が高いことや頂上付近では風が非常に強いことなどから断念。そこで自分たちで運び上げるしかないことに思い至ったという。


http://www.cnn.co.jp/business/35082505.html
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世界地図


太平洋を二か月漂流した人が生存する (3)


太平洋を二か月漂流した人が生存する (4)


太平洋を二か月漂流した人が生存する (2)
1: 筑前鐵太郎 ★ 投稿日:2016/05/06(金) 20:20:21.74 ID:CAP
太平洋を航海中に船が故障して2カ月あまりも漂流していた男性が救助され、米沿岸警備隊の船でハワイに到着した。一緒にいた3人は死亡したと話している。 沿岸警備隊の発表によると、救助されたのはコロンビア人の29歳の男性で、5月4日にハワイのホノルルに到着した。ハワイ島の南東沖約3460キロの地点で4月26日、パナマ船籍の貨物船に発見・救助されたという。

この男性は仲間3人と共に全長約7メートルの小舟に乗船して、2カ月以上前にコロンビアを出航した。ところがエンジンが故障して操船できなくなり、魚やカモメを取って食べながら漂流していたという。

残る3人は漂流中に死亡したと男性は話し、この3人のパスポートも所持していた。しかし貨物船に発見された時点で船内に遺体は残っていなかった。沿岸警備隊の担当者は、「男性が漂流していたのはあまり交通量の多い海域ではなく、貨物船に発見されたのは非常に幸運だった」と指摘した。

男性は通訳を介して「生きていられたことを神に感謝する」「友人たちにも一緒にいてほしかった」と話している。沿岸警備隊は男性の話に関する調査について、権限の範囲外のためこれ以上進める予定はないと述べた。


http://www.cnn.co.jp/m/world/35082171.html
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コロンビア23日生還 (1)


コロンビア23日生還 (2)


コロンビア23日生還 (3)


コロンビア23日生還 (4)
1: 野良ハムスター ★ 2016/03/30(水) 21:18:36.25 ID:CAP_USER*.net
南米コロンビアのジャングルで、部隊からはぐれて行方不明になっていたコロンビア兵が23日ぶりに発見された。カメを生のまま食べたり、ラップを歌って自分を励ますなどして生き延びたという。コロンビア軍が29日、明らかにした。

救助されたのはイェフェル・オルランド・サンチェス・フォンセカ(Yefer Orlando Sanchez Fonseca)氏(26)。今月5日、左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」などが拠点とする中部メタ(Meta)県のうっそうとした熱帯雨林を巡視中に、所属部隊とはぐれていた。

軍によると、500人以上の兵士を動員して一帯をくまなく捜索していたところ、28日午前になって1人の兵士がサンチェス氏を偶然発見した。全身汚れにまみれ、失神寸前だったという。

サンチェス氏は地元ラジオ局のインタビューで、道に迷ったときは食料も水も携行していなかったが、「軍で受けたサバイバル訓練のおかげで、猿が食べるものなら人間でも食べられることを知っていた」と語った。

種子などを食べてしのいだといい、アカアシガメが「おいしい」ことにも気づいたという。

地元紙エル・ティエンポ(El Tiempo)によれば、サンチェス氏は気がくじけないようにラップを口ずさんでいた。同氏が普段からラップを歌って気分を盛り上げるのは、兵士仲間の間でも知られていたという。

 
http://www.afpbb.com/articles/-/3082213
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John Beeden  (2)
1: ミントソーダ ★ 2015/12/28(月) 11:54:28.69 ID:CAP_USER*.net
ことし6月、手こぎボートで北米を出発したイギリス人の冒険家が、27日、オーストラリアに到着し、地元メディアは1人乗りの手こぎボートでの太平洋横断は初めてだと伝えています。太平洋横断に成功したのはイギリス人の冒険家、ジョン・ビーデンさん(53)で、ことし6月、アメリカ西部のサンフランシスコを全長6メートルの手こぎボートで出発し、209日かけておよそ1万3700キロ離れたオーストラリア北東部のケアンズに到着しました。

地元メディアによりますと、1人乗りの手こぎボートで北米からオーストラリアまでの太平洋横断に成功したのは初めてだということです。ボートが桟橋に近づくと集まった人たちから歓声が上がり、ビーデンさんは家族に支えられながら少しおぼつかない足取りでボートから降りました。ビーデンさんは1日15時間ボートをこぎ、乾燥食品などを中心に食事をしていましたが、到着が予定より1か月ほど遅れたことなどもあり、航海の間に5キロやせたということです。

ビーデンさんは「出発したときはこんなに大変だと思わなかった。何度も無理だと思ったし、やり遂げられるとは思っていなかった」と話していました。

twitter-32
https://twitter.com/solopacificrow?ref_src=twsrc%5Etfw
ジョン・ビーデンさんのツイッター


ニュース元
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151228/k10010355131000.html
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