優劣

クロスボウとロングボウ比べ (1)


クロスボウとロングボウ比べ (2)

ウィンドラス・クロスボウ(滑車式クロスボウ)

クロスボウとロングボウ比べ (3)

クレインクィン・クロスボウ(歯車式クロスボウ)

クロスボウとロングボウ比べ (4)

ショートボウ

ロングボウ

ロングボウ
1: ムーンサルトプレス(東京都)@\(^o^)/ 2016/03/13(日) 12:45:47.93 ID:Qm6R819V0.net
愛媛県の宇摩地方に春の訪れを告げる「百手祭」が6日、四国中央市川之江町の川之江八幡神社であった。射手が境内の的に1008本の矢を次々に放ち、家内安全や無病息災を願った。祭りは約1400年前、九州・宇佐八幡本宮(大分県)から分霊した際、氏子が弓矢を携えて迎えたのが始まりとされる。町内25地区が持ち回りで行っており、今年は鉄砲町(約170戸)が担当した。

神事の後、射手の代表2人が山盛りの鼻つき飯を平らげたのに続き、30~70代の28人が7人ごとに交代で弓を引いた。かみしも姿で14.6メートル先の的の中央にある「かわらけ」(直径10センチ)を射抜くと「たいしたもんじゃ」「さすが」と住民らからねぎらいの声が飛んだ。

実験動画
https://www.youtube.com/watch?v=WeGtPxLwkuk



http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20160307/news20160307717.html
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スパルタ兵


鎌倉武士
1: 男色ドライバー(東京都)@\(^o^)/ 2016/03/19(土) 20:16:34.31 ID:ODABKdd70.net
東京国立博物館、ギリシャ共和国文化・スポーツ省、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーションは6月21日より、特別展「古代ギリシャー時空を超えた旅ー」を開催する。会場は上野の東京国立博物館 平成館。外務省、駐日ギリシャ大使館の後援、竹中工務店、日本写真印刷、三菱商事の協賛を受けて開催する。

監修は東北大学准教授の芳賀 京子氏。展示物はギリシャ国内の40ヵ所以上の国立博物館から本企画展に合わせて選定した300件以上。ギリシャ美術の代表として取り上げられることの多い大理石彫刻だけでなく、紀元前7000年頃の新石器時代の地層から出土した像や祭器などをはじめとして年代ごとに章形式で展示。


http://ascii.jp/elem/000/001/134/1134042/
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中世の騎士
1: テキサスクローバーホールド(東京都)@\(^o^)/ 2016/03/05(土) 18:22:17.66 ID:XzmudxSU0.net
刀剣の装飾など見どころ解説 広島城で企画展、普段見られない甲冑も展示 広島市中区の広島城で企画展「博物館資料の見方~刀剣・甲冑編」が行われており、わかりやすい説明と普段は見られない甲冑などが人気を呼んでいる。4月10日まで。広島城によると、「お刀女子」「歴女」といった言葉が生まれる歴史ブームが広がりを見せるなか、刀剣や甲冑については「漢字が読めず、分かりづらい」などといった理由で、敬遠されることがあるという。

そのような声を受け、企画展では、広島城が所蔵する約100点の展示物とともに、それぞれの見どころを解説するパネルも掲載。刀剣の刃文や甲冑に装飾されたもようなど、戦に使用する本来の目的以外にも、職人がこだわりを見せている部分を解説している。

https://www.youtube.com/watch?v=nA2qHiSNWCo



https://www.youtube.com/watch?v=ZTztE7IxrRM



https://www.youtube.com/watch?v=MncQ5OKROc0




ニュース元
http://www.sankei.com/region/news/160229/rgn1602290021-n1.html
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武士 (1)


騎士
1: エクスプロイダー(東京都)@\(^o^)/ 2016/02/28(日) 14:18:29.24 ID:zLkCpoTr0.net
さて記念すべき二百回なので、二百という数字にこだわって昔話をさがしました。岸和田市に伝わるお話です。 現在の岸和田市春木旭町のあたりに白井兵助(ひょうすけ)という、身分の低い武士がいた。ある日、岸和田の殿様が家来を大勢引き連れて船遊びをした。お酒も入り、いい気分で殿様が船べりに立つと、なんの拍子か船がぐらりとゆれて殿は海へドブンと落ちた。あたふたする家来の見る間に、殿は海中にズブズブ沈んでゆく。 すると情けない家来の中から、一人海に飛び込み、殿をすぐさま助け出し、船へと上げた男がいた。それが前述の白井兵助であった。

後日、殿様は兵助に「この度はあっぱれな働きであった。二百石をつかわそう」と言った。他の家来は二百石とはたいそうな褒美だと思ったが、当の兵助は目をむいて「殿の命が二百石とは、あまりに安うござる」と言ってのけた。家老たちはあわてて、これ無礼を申すでない、とたしなめたが、兵助は「それではごめん」と言い残し、さっさとその場を去って、武士の身分もかなぐりすてて農民となり、後世は畑など耕し、悠々自適に暮らしたという。

二百石と二百回。似ているのは数字だけだが、兵助を見習って人目や一般的基準にとらわれることなく、これからも自意識に忠実に臆することなく生きていきたいと思う。


ニュース元
http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/oskroman/160227/20160227048.html
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