兵器

B-17 (1)


B-17 (2)


B-17 (3)


B-17 (4)


B-17 (5)
1: いちごパンツちゃん 2016/06/08(水) 09:54:22.30 ID:CAP_USER9
大戦後期にはドイツ本土に大量の爆弾を投下、機体には防御用の機銃が前後左右、上下に多数取り付けられ、襲いかかる敵機にとってはやっかいな、「要塞」。

現在も飛行可能な「Aluminum Overcast」のニックネームで呼ばれるB-17Gが大戦中のノルマンディー上陸作戦(D-day)決行日の6日、米シアトルに飛来した。

EAA(エクスペリメンタル航空機協会)が管理する機体で、機首には水着姿の女性の姿を描いた派手なノーズアート。この日は退役軍人も乗って上空からの眺めを堪能したが10日~12日には一般の人も有料で搭乗が可能なフライトも用意されているという。


http://www.sankei.com/photo/story/news/160607/sty1606070009-n1.html
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ナチス太陽砲
1: ときめきメモリアル(catv?) 2016/06/07(火) 15:55:06.69 ID:Z83dfb/n0
ナチスドイツは他国を圧倒する科学技術力で様々な兵器を開発したことで知られているが、Redditを読んでいたら、ナチスは「Sun Gun(太陽砲)」という、衛星兵器の開発を構想していたということが紹介されていた。

この太陽砲の基本概念は、1929年にドイツの物理学者Hermann Oberth(ヘルマン・オーベルト)が考え出したもので、軌道上の宇宙ステーションに、直径100メートルの反射鏡を設置することで、その光で地上を照らすことができるというアイディアに基づくものとなる。

その後、ナチスは、第二次世界大戦を開始するとHillerslebenに研究所を設置し、オーベルトの基本概念の兵器転用の可能性について、本格研究を開始した。その結果、地上から8200キロの軌道上に9000平方メートルの反射鏡を設置すれば、地球上の都市全域を焼き尽くす兵器転用が可能になるというシミュレーション結果を得た。

この壮大な兵器開発構想に関してナチスは50~100年の期間があれば建造は可能とし、本気で開発計画の推進を考えていたとされている。 そしてこのナチスの構想は、LIFE誌の1945年7月23日号で紹介されたことにより初めて知れ渡ることとなった。

こんな感じの物です
https://www.youtube.com/watch?v=TtzRAjW6KO0



http://business.newsln.jp/news/201606021522040000.html
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ww兵士 (1)


ww兵士 (2)


ww兵士 (3)
1: 名無しさん@おーぷん 2016/03/01(火)18:58:28 ID:oJE
持ってる人いたら貼ってくれ
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疑問
1: 的井 圭一 ★ 2016/02/24(水) 18:47:05.81 ID:CAP_USER*.net
ナチスには独創的な兵器があったことで知られている。これが戦争の初期に、あるいは大量に投じられていれば、連合軍はもっと苦戦を強いられていたことだろう。では日本はどうなのか? アメリカ系のまとめサイトにて、その登場が早ければ第二次世界大戦の行方も変わっていたかもしてないとされる日本の兵器が10種ほど紹介されていた。その考察と共に見ていくことにしよう。

冒頭にはこう書かれている。日本軍は、神風特攻隊に代表されるより原始的な手段を使用していたと思われがちだが、旧日本軍が開発した一部の兵器は米軍すら凌駕するハイテク兵器であった。 これがもっと早く登場していれば、歴史が変わっていた可能性もある。それでは早速見ていくことにしよう。

注:以下の文章は海外サイトを原文に忠実に翻訳したものなので、誤りが含まれていたり、誤った解釈をしている可能性がある。ほとんどの情報がそうなのだが、それらが拡散されるとき伝言ゲームのようにどこかで間違って伝わってしまうことが多い。 特に言語が違うと翻訳作業が入るため、そういった問題が起きやすい。こちらでも一応の確認はしているが、すべてにおいての専門知識は持ち合わせているわけではないので、精査に漏れが生じてしまう。見ている人の方が詳しいことがほとんどだ。もし、正しい情報を知っている人はコメント欄で指摘していただけるとうれしい。


伊二百一型潜水艦

伊二百一型潜水艦
第二次世界大戦中、海中を高速で航行する潜水艦はナチスだけのお家芸だったわけではない。 大日本帝国海軍の伊二百一型潜水艦の水中速力は20ノット以上で、ナチスのUボートにも匹敵した。

水中速力が10ノット程度であった当時の大半の潜水艦と比べれば、革新的なまでの性能である。水中のノイズを低減するラバーコーティング、長距離潜行を可能にする巨大バッテリー群など、登場がもっと早ければ連合軍の頭痛の種になっていたことは間違いない。8隻が起工され、1945年に3隻が就役したが、そのまま日本は降伏した。戦後米軍によってハワイに運ばれ調査されたのち、ソ連に渡ることを防ぐために破棄された。


伊号第四百一潜水艦

伊号第四百一潜水艦
第二次世界大戦当時の最大の潜水艦である。当時の米軍が保有していた最大の潜水艦よりも6割大きく、航続距離は2倍あった。 しかし本当に恐ろしいのはその大きさではない。各艦は3機の航空機を離着陸させることができたのだ。さらに二重殻構造を有し、のちのソ連の潜水艦の設計に影響を与えた可能性がある。

近代的なミサイル潜水艦の先駆けでもある。アメリカのサンフランシスコやパナマ運河に密かに接近し、航空機を発進させて、爆撃するために設計された。 1942年、山本五十六は米国本土を叩く方法として、伊号第四百一潜水艦を考案する。しかし1945年、最初の1隻が竣工したとき、日本の敗北はほぼ決していた。

竣工した伊号第四百一潜水艦は、大西洋太平洋間の米海軍の運行を妨害するために、パナマ運河の爆撃に向かう予定であった。 しかし結局、米海軍の泊地であったウルシー環礁へ向けて出港し、攻撃開始となる直前に終戦を迎えた。 降伏を受け入れた米兵たちは、伊号第四百一潜水艦の巨大さと先進性に感嘆したという。伊二百一型潜水艦とともに米軍に接収され、同じくソ連に渡ることを防ぐために破棄された。


紫電改

紫電改

帝国海軍最高の戦闘機、紫電改には少々変わった開発経緯がある。 もともとは川西航空機が水上機として考案していた機体を、水上機の需要低下を見越して陸上戦闘機化する提案をしたことから開発が始まっている。 急遽開発され、1944年に配備された紫電は、鈍重で米軍の最新兵器にまるで歯が立たず、F4Fワイルドキャットに酷似していたため誤射の危険もあるなど、様々な問題に見舞われた。

またブレーキの効きが左右で異なり、着陸が容易ではないという欠陥もあった。しかし、着陸装置を短くし、エンジンも強化された紫電改は非常に優れた機体に生まれ変わった。12機のヘルキャットとのドッグファイトで1機で4機のヘルキャットを撃墜するなど、その優れた性能が証明されたが、戦争の勝敗に影響するほど生産されることはなかった。
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U-31 (1)


U-31 (2)


U-31 (3)
1: 野良ハムスター ★ 2016/01/22(金) 15:19:38.93 ID:CAP_USER*.net
英エネルギー企業スコティッシュ・パワーは21日、東部ノーフォーク沖90キロの北海で沈没した潜水艦が見つかり、第1次大戦中に行方不明となったドイツ軍の潜水艦だと分かったと発表した。潜水艦は2012年、同社再生エネルギー部門が洋上風力発電施設を整備するため調査中に海底30メートルに沈んでいるのを発見した。オランダの潜水チームが、第2次大戦時に行方不明となった自国の潜水艦ではないかとして調べたところ、独軍のU31型潜水艦と判明した。

この潜水艦は1915年1月に哨戒任務のため出航した後、消息不明となった。航行中に機雷に触れて沈没し、乗組員35人は全員死亡したとみられる。

ノーフォーク
 ※ノーフォークの位置


ニュース元
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2016012200533
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